8月は戦争の話し中心です。


by chobimame

まだ日本に終戦は来ていない


この題名に首をかしげた人もおられるでしょう。
なぜなら8月15日は終戦記念日だからです。
しかし、あれは日本がポツダム宣言を受諾した日であって、
実際はまだ終戦を迎えたとは言えないと思います。
それはなぜか・・・








62年前、日本は終戦を迎えました。
アメリカとの戦局が悪くなるにつれ、物資、燃料、兵器など、
ありとあらゆるものが不足の極みという常態でした。
アメリカとの圧倒的な戦力の違いに、日本兵の取る道は玉砕しかなかったのです。
映画「硫黄島からの手紙」の栗林中将セリフ「我々の子供らが、一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には意味があるんです!」にも表されるように、兵隊たちは1日でも本土決戦を避ける為に、明日の平和を信じながら自ら敵に突っ込んで(バイザイ特攻)いったのです。
硫黄島、サイパン、グアム、ガダルカナル島、マサマサ島、ブカ島、ラバウル、フィリピン、インドネシア、タイ、パプアニューギニア、アッツ島、ソ連、、、もっともっとたくさんの地で、玉砕した日本兵たちは、野ざらしのまま朽ちて眠っています。
(驚くことに日本国内である沖縄でさえ、まだ遺骨収集が出来ていません)
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そして、信じられないことですが、その戦地となった異国には、
日本へ帰還できなかった元日本兵が残留していることもあるです。
ある人は、怪我がもとで部隊に追いつけなかった。
ある人は、戦闘で傷つき、現地人に助けられそのまま帰れなかった。
ある人は、戦闘中にはぐれジャングルを彷徨ったままになった。
ある人は、脱走してしまった。

それはその時にしか計り知れな様々な事情があるのです。
平和な現代において、その話をして「だったら今帰ってくればいい」と思うでしょう。
しかし、彼らは若い頃より「生き恥を晒すな」と教育されているのです。
敵兵に捕まり、捕虜にされるならば「生きて虜囚の辱めを受けず」(自決しろ)
という教えを信じていました。
脱走となれば、「子々孫々の恥」と教えられていました。
そんな時代、軍に背く形となった日本兵は、自ら帰還しない道を選択しています。
果たして、心の中はどうなのでしょうか?
日本に失望し、自ら帰還の道を辿らなかった人もいるでしょう。
しかし、帰りたくても「恥」という言葉が立ちはだかり、帰れないという思いがあるとしたら・・・
元日本兵たちは、80歳も後半になっています。
ある元日本兵にインタビューをした内容を目にしたことがあります。
彼はこう話していました。
「私の人生はつまらなかった。今まで幸せだなんて思うこともなかった。
 幼い頃からずっと戦争でした。 日本に帰らないことを決めてからも、
 日本兵とバレないようにずっと逃げ回っていた。
 日本兵だとバレると家を焼かれたりしました。
 日本には帰れません。逃げたのだから恥です。顔向けできません。
 仕方ないです。私は日本を恨んでいません。そういう時代に生まれたのですから。
 今はただ、生きてるだけです。」

「昨日まで生きていた仲間が、今日は銃弾に倒れて死んでいる。
 葬ってやれないから草むらに運ぶ。
 そのうちその亡骸の口から、草が芽吹いて生えているのを見て
 国の為に戦って死んだ最後がこれかと思うと切なくて。
 戦闘が激化し遺体はそのままにするしかありませんでした」

帰りたくても帰れない国・・・日本。
戦地で亡くなった人の遺骨のことも忘れ・・・
残留した日本兵のことも忘れ・・・


終戦から62年経った日本は、戦争のことなんて忘れてしまったかのようです。
現代で戦争の話といえば、外国による内政干渉及び外交的、政治的な話ばかり。
戦没者為に、被災者の為に、国は目を向けているとはいえない。

今日の平和の礎になった彼らのことを簡単に忘れてしまって良いのでしょうか。
もし、あなたが兵隊だったとし、日本からはるか遠くの地で死んでしまったらどうでしょうか?残留してしまったとしたらどうでしょうか?
もう一度、日本に地へ帰りたいと思いませんか?
もし、あなたの父親が戦死の広報1枚で遺骨さえも戻ってこなかったら、父親は戦死したと諦められるでしょうか?
日本の為に死んでいった彼らは、62年経った今でも戦死した場所に眠ったままです。
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日本政府は、遺骨収集に決して積極的ではありません。
遺骨収集の大半は、戦友会や民間のボランティアに頼っているのが現状です。
日本は、議員、官僚、役人がくだらない無駄使いする金があるならば、1本でも兵隊の骨を拾うことや残留してる元日本兵の調査にお金を使って欲しいと思います。
兵隊だった彼らは、好きで日本から遠く離れた地で死んだのではありません。
すべて日本の為、日本にいる守りたい人の為に死んでいったのです。戦ったのです。
そんな彼らを忘却の彼方へ追いやって良いものでしょうか?
あんなに戦争が好きなアメリカでさへ、兵隊の骨は全て拾ってくるそうです。
日本は負けてしまった戦争事態を記憶から葬りたいのでしょうか?
こういう問題をお座成りにしているうちは、日本には終戦は来ていないように思います。
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いつもブログでお世話になっているkakekさんが遺骨収集のことで書いておられます。
こちらもお読み下さい↓
「大東亜戦争いまだ終らず」


===祖母から聞いた話===

祖父の姉の長男(早く言えば、私の母の従兄弟です)は、特攻で亡くなっています。
士官学校か大学在学中で出陣したのか、特攻で逝った時は少尉という位で出撃してるそうです。
家族は、息子が何処の部隊に所属し、何処へ配属され、何処から出撃したのか、
まったく判らないまま、戦局が悪化し時だけが過ぎていきます。
そんなある日、一枚の戦死広報と共に白木の箱が届けられたそうです。
そこには「遺書、小石が3つ、短い毛髪、切った爪」だけが入っていた。
わずか20歳前後の若者だったのです。祖父の姉は、その白木の箱を抱え「こんなもので息子が死んだと思えるものかー!」と泣いたそうです。
長男の遺骨は未だにわかりません。
どこでどのように死んだか、詳しいこともわかりません。
祖父の姉は終戦前に亡くなってしまったのですが、「息子はどこかで生きているのではないか?」と、ずっと待っていたそうです。
遺族には簡単に終わらないのです。
骨を見るまで、きちんと供養してやるまで、遺族の戦争は終わらないのです。
彼ら(日本兵)は好きで死んだんじゃない。
国の為、家族の為、恋人の為、友達の為、愛する者の為に死んでいったのです。
特攻で亡くなった兵隊さんは、今もどこかの海で眠っています。
遠い戦地で亡くなった兵隊さんは、今もどこかの土の下で眠っています。
祖国の平和を案じながら・・・

英霊たちに「どうぞ安心して眠って下さい。日本はこんなに平和になり、これからもずっと平和です」と、胸を張っていえる国になってこそ、彼らは報われるのではないでしょうか。
そして、それが現在を生きる私たちの努めでもあるのです。


<参考資料>
玉砕(Wikipedia) 
硫黄島遺骨収集 
ニューギニア慰霊紀行 
ガダルカナル島戦没者遺骨収集 
18年度ソロモン諸島遺骨収集
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by chobimame | 2007-08-19 22:07 | 時事