8月は戦争の話し中心です。


by chobimame

なぜ原爆は投下されたのか?


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アメリカにより、日本に原爆が投下されて62年経ちました。
世界で唯一の被爆国です。
なぜ日本に原爆が投下されたか、本当の理由を知っていますか?

先日、久間章生前防衛相が原爆投下を「しょうがない」とした発言で、世論は一斉に反発しました。
日本人からしたら、実に不愉快な発言です。
原爆投下を「しょうがない」なんて簡単な言葉で片付けられたら、被爆者はまったく浮かばれません。
そして朝日新聞の社説の中でも「だが、果たして日本の国民は、久間氏の発言を一方的に非難ばかりできるのだろうか。そんな自問もしてみたい。日本はかつてアジアの国々を侵略し、米国に無謀な戦争を仕掛けた。しかも、無数の人命を犠牲にして、負け戦をずるずると引き延ばした。その揚げ句に落とされた原爆なのだ。」という一文が入っています。
これを読んでため息が出ました。
日本国内において、しかも新聞が「原爆はしかたない」自国の非を責め(朝日の場合は作為的)、原爆を肯定してしまう動きがあるのだから、アメリカで、「原爆投下によって、戦争を早く終わらせ、100万人のアメリカ兵の生命が救われた」
トルーマンが自分のやったことを正当化させる為に、つくり挙げた原爆神話 )
などという大義名分がまかり通っているのは、無理ないことかもしれません。

しかし、日本には、原爆が落とされた本当の経緯を知らない人が多いように思います。







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日本に原爆を落としたアメリカの本当の最終的目的は、人体実験です。
そして、対ソ連との政治的攻防の手段として、アメリカの力を見せておきたかったのです。
『なぜ広島に原爆が投下されたのか』

あの忌まわしき『マンハッタン計画』によって、日本への原爆投下は着々と進んでいきました。
『マンハッタン計画』とは、第二次世界大戦中にアメリカが極秘にスタートさせた原爆開発計画のことである。
軍と科学者と産業界を総動員して進められた巨大軍事開発事業でした。44年9月にはこの新兵器を日本に対して使用することを決めました。
3年の歳月と20億ドル(7300億円)の経費をかけて原爆は完成し、広島に原爆が投下される3週間前の45年7月16日、西部ニューメキシコ州の砂漠地帯にあるアラモゴード実験場で、世界最初の原爆実験を成功させました。
『「マンハッタン計画」とユダヤ人科学者』

アメリカは実験場では破壊の威力を見たかったに過ぎませんが、人体への影響は人を使わないとわかりません。そこで、プルトニウムの毒性を調べるため、一般市民に対し、プルトニウムを注射するという「人体実験」を行なっていたのです。
最初の被害者(第一号患者)がプルトニウムを注射されたのは1945年4月10日である。この人は自動車事故で重傷を負った黒人だったそうです。
その他にも、小学生たちにプルトニウムを飲ませたり、核実験場から近隣の町にプルトニウムを撒いたりと、悲惨な実験を繰り返しています。
詳しく知りたい方は、この本をお勧めします。
『マンハッタン計画 ─ プルトニウム人体実験』アルバカーキー・トリビューン編(小学館)


米国が原爆投下を急いだ理由は、次の4点にあると思われます。

・日本をできる限り早く降伏させ、米軍の犠牲を少なくしたかった
・ソ連が日本に参戦することを極秘でキャッチしたアメリカは、ソ連の対日参戦より前に 
 原爆を日本に投下し、大戦後世界でソ連より優位に立ちたいと考えていた 。
・アメリカは原爆という新兵器を実戦で使い、その威力を知りたかった。
・膨大な費用を使った原爆開発を国内向けに正当化したかった。


昭和20年の8月、この時、日本の敗戦はどこの国から見ても濃厚で、事実、日本はこの時期、日本はアメリカに対し降伏条件を提示していますが、アメリカ(アメリカ大統領トルーマン)にはねつけられているのです。それに加え、弱りきった日本に参戦を考えれてたいソ連。
アメリカからしたら、日本に降伏をされたら、ソ連に参戦されたら、原爆を落せなくなります。
なので、慌てるように原爆が落とされたのです。
原爆を落とすなどの警告も一度もされずに、2発もの原爆を落とし、その上で降伏条件を求めたのです!!

そして、ここからが恐ろしい人体実験の幕開けです。

<広島・長崎への原爆攻撃の本当の目的は何だったのか?>

1、戦後世界でのアメリカの覇権確立。
2、原爆の効果を知るための無数の人間への『人体実験』


<日本が敗戦し、占領後にアメリカ軍が被爆者に対して行なったこと>

1、原爆の惨状についての報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占すること。
2、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・長崎の
  医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者のケロイドの
  皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収すること。
3、『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。
   よって、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させること。
4、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC(原爆障害調査委員会と
  訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置すること。


以下の資料を読んでもらうと、より内容がわかります。
『戦争犯罪者 トルーマン大統領』(被爆者の人体実験の様子などの記述あり) 
『『原爆機反転す ─ ヒロシマは実験室だった』──「反転爆撃」説の紹介』
『広島の空に白く大きく華やかに開いた「落下傘」の謎』
『長崎原爆で破壊された東洋一の「キリスト教大聖堂」』
『全てを焼き尽くす「地獄の炎」』
「放射能をたっぷり含んだ「黒い雨」の恐怖」

医療設備も、医療品、医療用具もなく、ただなす術もなく治療もされず、ただ観察されるだけで死んでいった被爆者がどれほどいたでしょう!
驚くことに、このABCCの被爆者に対する追跡調査は、62年経った今でも続いているのです!!
加害者が被害者を観察するというその目的自体が被爆者への人権無視!人権蹂躙!ではないですか!!

こんなことが肯定されていいはずがない。
いかなる理由があっても、それは狂った指導者による利害だけであって、こんな爆弾1つで殺され、生き残った者は生き地獄のような苦しみを与えられて良いわけがない。

「東京裁判」において、判事11名の中ただ一人「日本無罪」を主張したパール博士が。こんな言葉を残しています。
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1952年、広島の爆心地「本川小学校」講堂で開かれた「世界連邦アジア会議」にゲストとして招待された時のことです。
パール博士は「原爆慰霊碑」を訪れ、献花し黙祷を捧げた。
そしてその碑に刻まれた文字を通訳させ、疑うかのように二度三度と確認したという。
その慰霊碑にはこう刻まれていた。

『安らかに眠って下さい
  過ちは二度と繰り返しませぬから』


パール博士は怒りを顔にあらわして、次のように述べた。
「ここで言う『過ち』とは誰の行為をさしているのか。もちろん、日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか、私は疑う。
ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落した者は日本人でないことは明瞭である。落とした者が責任の所在を明らかにして 《二度と再びこの過ちは犯さぬ》と言うならうなずける。
この『過ち』が、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ。さらにアメリカは、ABCD包囲陣をつくり、日本を経済封鎖し、石油禁輸まで行なって挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である。」

『パール博士の言葉』


日本は被爆国です。
この原爆は、まぎれもないホロコーストです。
戦争は、原爆は、いかなる場合でも正義ではく、正当でもありません。
日本人は、戦後自虐的歴史観に苛まれてきました。
しかし、胸を張り、世界に、原爆反対!と訴えていくべきです。
アメリカの落とした原爆のお陰で、世界中に核の脅威を知らしめたと同時に、
核武装する国が増えたのは周知の事実です。
現に、北朝鮮まで核武装してしまい、日本はいつ打たれてもおかしくない状況。
こんな時だからこそ、もっとメッセージを出すべきです。
(広島市長(秋葉)は北朝鮮の核武装には触れない)
『【主張】広島平和宣言 なぜ北の核には触れない 』


平和を乱すのも、作りだすのも人間です。
戦争は、人が起こすものです。
原爆も、人が落とすものです。



原爆投下後ヒロシマの姿が被爆者の証言などを交えながら写されています。
ほとんどが街の様子(人の写真はほとんどありません)ですが、
当時の惨状がわかる貴重な写真なので、良かったら読んでみて下さい↓

『ヒロシマの記録・佐々木雄一郎が撮った原爆ドーム』
『ヒロシマの記録・菊池俊吉が撮った原爆写真Ⅰ』
『ヒロシマの記録・菊池俊吉が撮った原爆写真Ⅱ』
『ヒロシマの記録・菊池俊吉が撮った原爆写真Ⅲ』
『埋もれていた同盟の報道写真』
『ヒロシマの記録』


===追記===

そして、こんな弱りきった日本に目をつけていたのがソ連(ロシア)です。
シベリア抑留なんて言葉を聞きますが、アメリカとの戦争は知っていても、
なぜソ連が出てくるのか?と不思議に思う方もいるでしょう。
もともとソ連は、敗戦の色が濃くなってきた日本に参戦するつもりでいましたが、
表面上は、「日ソ中立条約」というものを結んでいました。
アメリカが日本に原爆を投下したと知ると、ロシアは火事場泥棒のように参戦南樺太・千島列島及び満州国等へ侵攻しました。(後の北方領土)
その時の事をいつもブログでお世話になっている 『「老人タイムス」私説』のkakekさんが書かれています。
『”火事場泥棒” ソ連の参戦』

こちらは「道徳ボヤキブログ」より
『日本を貶める為なら記事も捏造もする新聞』
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by chobimame | 2007-08-12 21:28 | 時事