8月は戦争の話し中心です。


by chobimame

人として

山口母子殺害事件

「1999年4月14日午後二時半ごろ、山口県光市の元会社員の少年(19)が、同市の本宮洋さん方において、その妻の本宮弥生さん(当時23)に強姦しようと企て被害者ら方を訪問した。乱暴しようとするも激しい抵抗にあったことから同女を殺害したうえで目的を遂げようと決意し、首を両手で強く絞め、窒息死させて殺害、乱暴した。その後、当時11ヶ月の長女が激しく泣き続けたため、泣きやまない長女に激こうして殺害を決意し、居間で長女を床にたたきつけるなどしたうえ、首に紐を巻いて強く引っ張って締め付け、窒息死させた」

という事件です。

今回、自判でなかったのはとても残念でしたが、無期懲役が回避されただけでもよしと思いたいところです。

この事件について、前々から許せない気持ちいっぱいでした。
何度もブログに書こうと思ったのですが、重たい内容なので躊躇してました。
しかし、今日のテレビ報道の中に大変憤りを感じるものがあったので、あえて書こうと思いました。

(ここからは個人的主観なので、不快な方は読まないで下さいね)




事件当時18歳の被告人、一審、二審で「無期懲役」の判決を受けています。
理由として、
・各被害者の殺害行為については計画性はなかった。
・被告人には、不十分ながらも反省の情がうかがえる。
・犯行当時18歳と30日の少年で、内面の未熟さが顕著でる。
・これまでは窃盗の前歴のみで、犯罪的傾向が顕著であるとは言えない
・被告人の実母が中学時代に自殺するなど家庭環境の不遇さに同情するべきものがある。
・矯正教育による改善更生の可能性がないとはいいがたい。

要するに、「不幸な家庭環境で育った未成熟な18歳の少年の犯行であり、今後更生の可能性がある」ということらしい。
じゃぁなんだ?成熟した70歳のジイさんが同じ罪を犯したら、余生が短く更生の意味がないから即死刑なのか?
そんなのおかしいじゃない。
人の命を奪ったことに年齢なんて関係ないと思います。
身を守る為に咄嗟に起こってしまった過失致死とは意味が違います。(それも避けたいけど)
自分の歪んだ性欲を満たす為だけの計画的犯行なのです。

今回の裁判の判決文にこんな事が書かれていました。(掻い摘んで書いてます)

「被告人は、強姦によってでも性行為をいたいと考え、布テープやひもなどを用意した上、排水業者を装い被害者宅へ上がり込み、被害者へ背後からだきつく。
被害者が激しく抵抗するのに対し、姦淫するために殺害しようと決意し、頚部を両手で強く絞め殺害し、万一のそ生に備えて両手首を布テープで緊縛したり、同テープで鼻口部をふさぐなどし、臆することなく姦淫を遂げた。その間(犯行中)、被害児が被害者にすがりつくように激しく泣き続けていたことも意に返さなかったが、犯行後は犯行が発覚することを恐れ、殺意をもって被害児を持ち上げて床にたたき付けるなどした上,なおも泣きながら母親の遺体にはい寄ろうとする被害児の首に所携のひもを巻いて絞め付け、被害児をも殺害した」
 

抵抗され、思うようにならなかったから殺害し、そして死姦・・・
(あまりこの話しはニュースでは語られていません)
しかも犯行後に被害者の財布からお金も奪っています。
目的を果たす為に殺害し、死者への冒涜も臆することなく行為に及ぶなどと実に恐ろしいです。
それを被告人の弁護士は「母性を求めた」という表現で、巧みに摩り替えようとしました。
あくまで母性を求めて抱きついた?それが抵抗され咄嗟に殺してしまった。
だったら痴漢や強姦も全て母性を求めた結果なのですかね?
女としてこの話を聞くたび、本当に腸が煮えくり返ります。
死者と交わって快感を得るなんて、殺人だけでも尋常ではないのに異常としかいえません。
この被告人に更生の機会を与えて何になるのでしょうか?
性犯罪者の再犯率はとても高いのです。
自分の欲望の為に平気で人を殺し、そして死者を辱め、何もわからない子供まで躊躇せず殺害。
若いから少年だからといって許されることではありません。
命を奪ったのなら、命で償うべきです!

この被告人、無期懲役が確定すると確信していたのか、過去ずいぶん酷いことを嘯いていました。

『ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。・・・でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし』
『知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君』
『男は女を求める、女は男を求める。コレ自然の摂理』
『犬がある日かわいい犬と出合った。・・・そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょうか』
『五年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者が出るかも』
『無期はほぼ キマリでして、7年そこそこで地表にひょっこり芽を出すからよろしくな』
『選ばれし人間は、人類のため、社会のため悪さができる』
『裁判官、サツ(警察)、弁護士、検事。私を裁けるものはこの世におらず』


こんなこと、人として言えますか?
先日の審判で死刑の可能性が出てきたとたん、急に改心したような手紙をマスコミや遺族に送っているそうです。
被害者の夫はまだその手紙の封を切ってはいないそうです。
なのに、なぜその手紙のコピーがマスコミに公開されているのでしょうか?
死刑廃止論を唱える弁護士の示唆というやり方が見え透いています。
死が自分の鼻先にぶら下がったとたん人の同情心に訴える命乞えです。
まったくブザマです。
そして、被告人はこんなことをマスコミに言ってるそうです。
「もう一度裁判があるなら、その機会を大切にしたい」
「自分のしたことは死んでも償えることではないし、謝罪しても許されることではない」
「たとえ償いきれなくても、生きていることが許されるのなら、償いの気持ちを表し続けていきたい」
その機会とは何の機会で、何を大切にしたいのでしょうか?
人の命を残忍な方法で奪っておいて、自分が生き延びるチャンスを大事にしたいなんて、人間の心をなくしているとしか言い様がない勝手な意見でしかありません。
たとえ償いきれなくても」こんなことを口にする時点で、償う気持ちなんてないのです。
償いの気持ちとはなんでしょうか?
マスコミ向けに命日に墓参りをして貰っても被害者は喜びません。
死んでも償えない、謝罪しても許されないくらいの事をしたと自覚しているのなら、
自分から上告は取り下げて、今すぐ死刑に臨んで頂きたい。
それが被告人に残された人の心を取り戻す最後の道だと思います。

今日、ニュース報道で見たのですが、とうとう被告人の父親が登場しましたね。
なんと言ったと思います?絶句です。
憤慨極まりないです。

「まあ、本村さんの気持ちもわかるけど、たまたまうちの息子だったってだけで」
「こっちの身にもなって欲しい。しょうがないですよね」
「被害者遺族は1日も早く殺して欲しいだけ」
「罪を憎んで人を憎まずって言葉があるが、これはまさに少年法に該当する」
「罪を犯させるということは、他の大人にも責任があったかもわからん」
「僕が被害者のことを考える必要はないと思いますよ」
 

まさに「この親にして、この子あり」な発言・・・絶句です。


実の子供が凶悪犯でも、極刑は免れてほしいというのが親の心情だということはわかります。
被告の家族だからといって、差別したりするのは良くしないし、ひっそりコソコソ世間の隅で暮らしていけ!とは思いません。

しかし・・・この父親には、とにかく謝罪だろ!!と言いたくなります。
こんなに開き直った発言をテレビに向かってするのなら、正々堂々顔を見せて欲しいです。
子供が取り返しの付かないことしてしまったのだから、親として被告人に代わって、被害者に遺族にいったい何が出来るのかを考えるのが本当だと思います。
なのに、被害者遺族のせいで自分が一番迷惑を被っているような言い方がよく出来ますね。
どうしてここまで責任転嫁できるのでしょうか?
しかも加害者側から「罪を憎んで人を憎まず」なんて普通の神経ではいえません。
被害者遺族は心に一生救えない程の傷を負っているのです。
そんな人に向ける言葉ではありません。
この親子には人の心もなければ、赤い血も流れていないのでしょう。

凶悪な少年犯罪には、謳い文句のように「更生」と言う言葉が出てきますが、いったい更生って何でしょうか?
(少年犯罪の法などが弊害になり、ちゃんと裁きを受けずにのうのうと生活してる犯罪者もいます。「女子高生コンクリート詰め殺人事件」「神戸小学生殺人事件」等。「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の主犯は出所後に再犯で捕まっています。あとの共犯者は結婚して普通の生活をしてるそうです。こんな現実許せますか?)
誰だって無闇に死刑が全ての解決方法だとは思っていません。
ただ、日本には終身刑や強制労働施設はありません。
死ぬまで刑務所へ入り、毎日重労働を課せられる苦しい生き様であれば死刑でなくとも納得することも出来るかもしれません。
しかし、わずか7年や8年で出所し、何も無かったように口を拭い、罪を隠して就職し、結婚して幸せになってもらっては困るんです。
個人の欲望の為に、被害者の幸せな時間は永遠に奪われてしまっているのですから。
世間に出て、普通の生活に戻ることは更生とは言わないと思います。
それは加害者自身の為であって、被害者への償いとはまったく次元の違う問題です。
それとも、残された人生を世のため、人のため、遺族に尽くし、自分の幸せを捨て、地面を這いずりまわるような生き方をしてくれるというのでしょうか?


この被告人を死刑にしないで、いったい何を正義と呼べばいいのでしょう。


被害者の夫のコメント。
「自分の命を取られることを初めて実感したときに、自分の犯した罪の重さを知る。それこそ死刑という刑罰の意味だと思う」
「被告は18歳以上。刑法でも死刑を認めている。何とか人間の心を取り戻して死刑を受けてほしい。悔い改めてもなお、命を落とさなければ償えない罪がある。その残酷さを知って、犯罪が起こらぬようにする方法を社会は考えなければならない」2、3日後には、2人が眠る北九州の墓を訪れる。「区切りがついたよ」と語りかけるつもりだ。


主文の最後は、こうまとめられています。
その刑の量刑は甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する


今の日本社会は、殺人のニュースが流れない日はないといってよいくらいです。
人の命がどんどん軽くなってきています。
そして少年犯罪もどんどん増えています。
自分に極刑が課されてから初めて命の重みを知る・・・実に皮肉な話しです。
普段から自分の命の重みをしれば、人の命の尊さもわかるはずです。
安易に人の命を奪うということの重さを知らなくてはいけません。



今回の判決文です。読んでみて下さい。
「主文」
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by chobimame | 2006-06-21 22:46 | 時事